The 海賊団ラリー船長「海賊日誌」

The海賊団 ラリー船長のブログです。

2019年07月

第187夜「苦手な乗り物」

今日は乗り物の話である。

みなさんは乗り物で苦手な乗り物というのはあるだろうか?

僕には3つある。ライトなものからヘビー級なものまで3つ今日は書こう。

まずはライトなもの。

『エレベーター』である。

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僕はこの乗り物が苦手というのに、まずはなかなか治らない僕の習性というか、本能というか、そういうもんがあることをここに最初に書いておく。

それは、「乗り物が着いたら早く乗らなきゃいけない!」という義務感というか使命感から来るものなのである。

ふだん車での移動ばかりだからか、乗りなれていない乗り物に乗るときはなぜか「早く乗らなきゃいけない!」という気持ちがものすごく湧くのである。

たとえば、あと5分しか時間がなくて駅のホームまで走らなきゃならない。

そんなとき荷物がたくさんあって、走らなきゃならないのではあるがエレベーターに乗っても間に合うかもしれない!と甘い考えが湧いたとき、人が先に乗り込もうとしていると「待ってください!乗ります!」と、「おれはタイミングのよい男だ!エレベーターにちょうど間に合った!」と、心弾ませてエレベーターに乗り込んだとする。

エレベーターの先は竜宮城だぁ!と思ってたりすると、、、

たいてい、上に行きたいのに下に降りていく。

あの、なんて言ったらいいのか、下に降りていくときの、降格されたかのようなやるせなさ、しかも前に乗り込んでいた人が下に到着したときに荷物の多い俺に言うのだ。

「お先にどうぞ」

その親切に対する答えが「すみません、どうぞ、上に行くもので」と言うのが恥ずかしい。先に乗り込んでいた方は会釈しながら先に降りるのだが、今度は下で大勢待っていたお年寄りたちがエレベーターに乗り込んできて、一階お願いします、二階お願いします、とエレベーターボーイとなり、結局、電車にあと5分!というタイミングだったのに悠長に各階で「一階でーす」とか言いながらエレベーターボーイしてる場合じゃないだろう!という場面におれはよく出くわしてしまうのである。



次はミディアム級に進む。

「バス!」

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だんだん天敵感が強くなってくる。

バスには、たまにしか乗らないのだが、たいてい子供達がいることが多い。

前の席に座っている赤ちゃんと目があって「いないいないばあ!」とかするのは楽しいのだが、子供達に大勢かこまれて、「いないいないばあ!」をされることがある。

誰かとともにいるのなら「いないいないばあ返し!」と茶目っけを出してもいいが、銅像のように見知らぬ子供達の真ん中におれ1人とかの時は、どう返していいかわからない。

そんなとき席を変えると冷たい人感が出てしまうのでそのままいると「おじさんどこ行くの?それ楽器?おじさん音楽の先生なの?」とか話しかけられる。

これはバスというより子供が苦手のような話にそれつつあるが、子供は好きなのだが子供の無邪気さによりバスの中で目立つのが苦手ということである。

バスは人と人との距離があまりに近い。逆襲として子供に囲まれたら「お子さんお子さんどこ行くの?それお弁当?なにが入ってるの?」などと話しかけたら、おそらく周囲からすさまじく冷たい目で見られるだろう。子供とおじさんとは、対等ではないものなのである。

どうか子供達よ、バスの中ではそっとしておいてほしい。おじさん眠いときもあるのだ。

そして、最後にヘビー級に苦手な乗り物である。

「電車!」

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これは俺の中ではラスボス的な存在だ。

まったくもって慣れない。

東京に行きたいのに盛岡に着いたことがある。これは最初の導入で書いたように「乗り物が着いたら早く乗らなきゃいけない!」という感情が強くなるからである。

横浜から東京に行きたいのに、茅ヶ崎に10回以上むかってしまったことがある。すでに茅ヶ崎は「逆に乗ってしまった!」と否応なしに記憶してしまったので、もはや「次は茅ヶ崎〜」とJRのアナウンスがなると「しまった!」のかわりに

「ちがった!」と俺の中の流行語が出来てしまったほどである。

電車はまぎらわしいことに同じホームなのに行き先が全然違うところに向かう電車が来ることがある。

それも2分とか3分とかしか時差がなくホームに電車がくると、つい2番のホームに入る電車に乗るはずが、条件反射で3番のホームの電車に乗ることがある。

たいてい、乗ったあとの俺はいい気なものだ。1時間ぐらい自由な時間があるぞー!など夢のような気分で本を読んだりスマホをしたりして。

浅草に行くのに新木場に着いたことがある。新木場はさすが、新木場。見知らぬ港にそびえる木材が美しかった。木材を見に行ったわけではないが、そこは確実に浅草ではなかった。

横浜に行くのに熱海に着いたことがある。これは単なる乗り過ごしと記憶している。有名な文豪とかは熱海に執筆のために宿に連泊したりすると聞く。おれは文豪ではないが、せっかく熱海に来たのだ、そのまま温泉街に消えたくなった。

電車を乗りこなせる人は、素晴らしい。

俺は新木場からの帰り道や、熱海からの帰り道で、もときた列車でリバースするというのを何回も体験している。

冒頭に書いたエレベーターのようにリバースするときは、あきらめに似た感覚が生まれお年寄りのエレベーターボーイとなったり、帰りの電車で他の乗客の会話で面白い話が聞こえてきたりと、それはそれで乗り物の失敗がなければ出来なかった楽しい体験もあるから、まあ、よしとしようと思う。

最後に思い出した。

乗り物に乗ってこれは苦手だわーという真のラスボス。



塾考の結果、


もうこれが

横綱に間違いない。




それは、


マッサージ機だ。


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斜め45度以上に傾斜できるマッサージ機を限界まで傾斜して爆睡してしまい、起きたら自分でマッサージ機から降りれなくなったことがある。



店員を呼んでも、人気のない日帰り温泉でしばらく放置されたことがある。



もう300円を入れて自力脱出をせねばならない。


その300円を入れるにも手がなんとか届いての、なんか、ぐおー、くそー、とかつぶやきながらのしょうもない脱出で、小銭を落とさないように、ひとりでもがいてあがいて、


♩この支配からの卒業〜

というか

♩この機械(マッサージ機)からの卒業〜

という感じであった。しかも、また最初からマッサージ機は回るのである。マッサージもういいよと思うところに、あらわれてほしかった店員が涼しい顔であらわれるのである。


世の中、そんなものである。


いつか

ライブで巻き返してやろう^_^!!


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最後まで読んでくださりありがとうございました。

みなさま、よい休日を!



ラリーアッサラーム

第186夜「路上のイノセンス」

いま大切にしている、家族や仲間たちとの関係が断たれたくない。

そんなネガティブな感情が湧くこともあったが、ぼくは5月に手術を受けた。

生まれてはじめての全身麻酔を受けるとき、お世話になった方々の顔が浮かんだ。

とりわけ、手術が終わったら何がしたいのか、と自分に問いたとき「ライブ」ということは何より先にでる言葉だった。医師から耳元で、「では全身麻酔が入ります」と言われたときに手術の無事を祈って眠りに入った。

4月は症状との闘いだったが、なんとか乗り越えられた。

楽しいライブが出来るときにまた戻れたら嬉しい、そう思って意識がなくなったあと僕の名を呼ぶ声と全身の激痛で目を覚ました。

手術が無事に終わり、手術台からストレッチャーへ移るための掛け声だったが激痛も嬉しかった。

生きているのだ、生きているというか、生かされているのだと。


手術の当日は高熱が出たが翌日は、落ち着いたので歩くことにした。


おそるおそる夜明けに手術後にはじめて立った時、「おれはまたライブをやるんだ」と思った。

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photo by oono san

それから2か月。

先日の2019年7月6日(土)、ライブをやるという夢がついに叶った。

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photo by t.sugawara san

ライブをみた方から「音楽は世界を救うと思った」とうれしい言葉をいただいた。

また「海賊団をみると元気になる」という言葉もいただいた。

それはとても嬉しい言葉であって、逆に自分たちもライブでお会いする方々との交流の中、励まされたり、元気をいただいたり、楽しみを共有できたりすることに、どれだけ救われてきたかわからない。ラリーに美術館でみやげを買ったがライブに行けなかった!という来れなかった方の声も嬉しかった。

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photo by c.kamata san

手術後、それまでのひどい症状はうそのように消え去った。感謝だ。そして、念のために手術後に期間限定で飲む薬の副作用が声がかすれ、のどが渇き、声がでずらくなることもあるとの説明を聞いて飲んでいたのだが、ライブの日に声がちゃんと客席に届いているのか心配でもあった。

しかし、ライブを見ていたお客さんから動画を見せていただき、声は客席にしっかり届いていることも知れて、とても安心した。

ライブはとても盛り上がり、本番では雨で尻もちをついてぼくがすっころぶ場面もあったが、立ち上がった。怪我もなかった。療養中に待っててくれたメンバーに感謝した。転んだとき、たのしそうに演奏している表情がみえて、嬉しかった。
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photo by oono san

そのとき思い出した。有名な話だがデフレパードのドラマーが腕を失ったとき、他のメンバーはメンバー交代よりもドラマーの復活を待った。デフレパードのドラマーは片腕で復活した。そして、世界ツアーを今も片腕のドラムで回っている。

僕はいま生きている。こうして、ギターを弾いて唄うことが出来る。それだけで幸せなのだ。2次的に、地位や名声や名誉を欲してが動機の音楽ではない。その2次的な誘惑に惑わされる年齢でも、もうないのだ。

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photo by rally assalam

復活のライブが「路上」であったことが、心から嬉しかった。路上からライブを始めたからである。このライブに招いてくださった主催の岡崎さんに心から感謝だ。

この写真の中にいる空を舞う鳥のように、鳥が空を飛んでるというだけでなく、空があるのがすげえな、空が鳥を包んでるのだと改めて思う。唄うときも、唄う者だけが主役ではない。鳥だけが空を独占してるのではない。空は誰が作ったのか。空を作られた大いなる存在に、心から感謝だ。

そんなことを空を見上げて路上で考えるとき思った。「路上」にはイノセンスがあるのだろうか?そういえば「路上のイノセンス」という本を書いた下村誠さんの本はまだ書棚にあったはずだ。近いうちひさしぶりに読んでみたいと思う。

次のライブは木暮”shake"武彦さんのライブのオープニングアクトで8月30日ライブハウスenn、9月1日に昼呑み小屋通でライブがあります。

木暮"shake"武彦 東北ツアー応援団HP
(ご予約受付中。先行予約特典あり)

その前にもきっとライブが入ると思います。詳細が決まったらこのブログでもお伝えします。
ライブにご来場くださったみなさん、このブログを楽しみにしてくださってる方に心から感謝します。これからも末永くよろしくお願いします。

ラリーアッサラーム
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