新年あけましておめでとうございます。
昨年度の大晦日のライブをもって、ご来場いただいた皆様の多数決をもとに
ラリーのソロとしての名義はラリーアッサラームから、
「ラリー船長」に変更となりました。今後もよろしくお願い申し上げます。

2019年のラリー船長の唄い納めライブ、
会場にお越しいただいた皆様や昼呑み小屋通のスタッフの皆様、
また、年越しに歌合戦でお集りの共演者の皆様、
たのしいひとときを、本当に、ありがとうございました。

エメラルドミヤギさん、素晴らしいタイミングでの動画撮影に感謝です。

↓ラリー船長 2019 大晦日ライブ(撮影:エメラルドミヤギさん) ↓


さて、今日は新春第一発目のブログということで、この動画をみて感じたことをまんま書きます。

2011、震災のときに光はほとんどありませんでした。
みんなが3.11の夜に立ち止まって、なんらかの大きなショックを受けていました。
不便に感じたこと、普段からあたりまえにあったこと、
困るものについては、とても傲慢な気持ちがあったのかもしれません。
あたりまえのようにもう今はもどっているものも、慣れてしまえば
また傲慢にあるのがあたりまえと思うのです。
でも人は、あたりまえのようにいたのに、震災によって、または震災後に
かけがえのない方を見送ることがありました。
目を覚まして、学んでいこうという気持ちをもって、生きたいと思いました。
畑の収穫も、普段おいしくいただいている野菜もあっという間に
台風や風水害で取り去られてしまうように、いつの間にか
いままで近所の人と話していたのに、その道路がもうない、
もうその近所の人もいないというようなことがあるのだなぁと思うこともあります。

何か、その人を通じて、ギフトをいただくような気持ちになることが
あります。昨日はお正月になくなった方の葬儀でそのお孫さんが
心をこめておじいさんにむけて手紙を読んでいました。

認知症になったおじいさんに、自分の名前を思い出してもらえないせつなさが
読まれていました。でも私はおじいさんが優しくしてくれたことを忘れないと
心のうちを手紙にして読んでいました。遺影はお孫さんをはっきり見て微笑んで
いるように見えました。

太陽はかならず出ます。

どんな心のうちに光も闇もあるような人にも光は照らし、人ばかりではなく
自然にあるものすべてです。

立派だけど、もろかった、という人生もあれば、
もろそうだけど、つよかったという人生もあると思います。
その後者は、愛で支えられた人生ではないのか、そんなふうにお孫さんの
手紙を読みながら思っていました。

昨年は平成から令和に変わり、今年は令和最初のお正月となりましたが、
変化の時代に、変化したように見せつけられても、
人の心までは勝手に外側からいくら変化させられようとしても
内側からしか変われないのではないか、そんなことを考える昨今です。


本年も、心のうちは燃やして生きようと思います。
2020年のライブは、詳細が決まったらブログやHPで告知いたします。
燃えているものの温度がちょうどいいと思った方が
ご来場し、あたたまってくださればといつも思っています。


本年もどうぞよろしくお願いします。


                 2020年1月  ラリー船長